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2018.01.30

商店街のはんこ屋さんで実印をつくる! ~お買い物シリーズ『田中金文堂』~

藤田智彦
藤田智彦
移住相談員

こんにちは、氷見のまちのお買い物情報をお届けするライター・藤田です。
以前はショッピングセンターについてご紹介し、今回も続いてお買い物情報をお届けしようと思うのですが、いきなりちょっと特殊なお買い物になります……!
日々のお買い物の対極、たいていの人が一生に一度しか買わないであろうもの――
 
そう、実印です。
 
実はわたくし、恥ずかしながらこれまで実印というものを持っていませんでした。いつどこでもらったのかも定かでない印鑑(おそらくは学校の卒業記念?)を銀行印やら印鑑登録やらに使いこれまでなんとなくやり過ごしてきたのです。
 
しかし先日、久方ぶりに印鑑証明が必要な場面が訪れてしまいました。
そのとき、頭にふっと浮かんだのが今回ご紹介する『田中金文堂』です。
氷見の中心市街地の、そのまた中心ともいえる旧市役所にほど近い商店街にあるこのお店。

 

 

外観になんともいえない風格があり、氷見に移住して以来ずっと気になっておりました。
仕事柄イベント告知のチラシ配りなどでご挨拶程度はしていましたが、そのとき聞いていたのは店主が「北陸最高齢の女性印鑑彫師」ということ。本当かどうかはさておき、店構えと風貌からは言葉以上の真実味が感じられました。
 
よし、いつか印鑑をつくるときはここにお願いしよう。
そんなことを考えていましたが、ついにそのときがやってたのです。
 
自宅から商店街のアーケードをとことこ歩いてものの数分(筆者は商店街のなかに住んでいるので)。金文堂の扉を引きます。店内は硝子のショーケースをカウンターにして店と工房を兼ねたような形式。ですが店主の姿はありません。奥の部屋から音はするので人はいらっしゃる様子。
 
「こんにちは」と呼びかけること数度、店主が姿をみせました。
田中悦子さん――御年八十七歳。田中金文堂の店主であります。

 

 

実印をつくりたいという旨を伝えると、カウンターからメニュー表が出てきました。
「実印ならこの辺だね」と上中下を提示されます。黒水牛・オランダ水牛・高級象牙……正直にいいますと、ここで一瞬怯みます。自分のなかで勝手に想定した実印の値段の「中」くらいが、提示された「下」の価格だったためです。
 
しかし。思いとどまります。
安いものを買いたいのなら最初からネットで探せばよかったのだ、と。顔の見えない誰か、あるいは便利なマシーンがつくったものでなく、この方に頼もうと思って来たんじゃないか。
 
少し考えて黒水牛の印鑑をお願いしました。……「下」の選択肢です。
 
氏名を書いて頭金を収めると注文手続きは終了。出来上がりは二日後とのことでした。
意外と早くできるものなのだなと思いました。が、そもそも印鑑というのはどういう風に彫るのでしょう。なんとなくのイメージはできるものの、実際にプロがどういう手順でやっているかは知る機会が少ないのではないでしょうか。
 
この際なのでいろいろと聞いてみました。

 

(みせていただいた印鑑帖。印影については性質上画像を加工して文字を変形しています)
 

印鑑の注文が入ると、まずは印影を考えます。印相体、古印体など、あるい程度基本となる書体はあるものの、それをいかに組み合わせて印鑑に収めるかというところに職人の個性が出るのだといいます。考える際には書体ごとの漢字が載った辞書のようなものを参考にすることもあるそうですが、なんといってももっとも重要なのはその店が過去につくってきた仕事のすべてが残る印鑑帖です。代々受け継がれた膨大な仕事が、現在に活かされている訳です。これはお店にとってなにより大事なものだといいます。
 
実際に彫る形が決まると、今度はそれを印鑑彫刻機にかけるため、薄いシートに墨汁で書いていきます。

 
 

画像でぼかしてある部分に出来上がりの1.8倍の大きさで書きます。この紙を銀の台紙ごと機械に乗せると、自動で荒彫りしてくれるそうです。もちろん昔はすべて手掘りだったとのこと。
 
荒彫りが終わると、あとは手作業です。

 
 

拡大鏡に卓上鏡に彫刻刀、これだけを頼りに形を整えていきます。
 
そして、完成。
 
所要時間は、印影がすんなりと決まるかどうかにもよりますが、3,4時間ほどとのことです。早いようにも感じますが、これも熟練の技、そして創業以来積み重ねてきた職人の仕事の歴史があってこそです。
金文堂に買いに来られるのは、その技に惚れ込んだ人たち。一族で代々実印をつくりに来る人、志を持って起業に挑む人、芸術を楽しむ心を持った人……そうした人たちに愛されて、県内のみならず石川・福井からも注文があるそうです。
 
ここまで聞いて、値段で心揺さぶられたことが恥ずかしくなりました。
「機能」だけをみれば、格安のものでもそう違いはないかもしれません。
しかし、ここには何代にも渡って受け継がれた職人技がありました。
印鑑は「道具」であり「作品」なのだと思えば値段は決して高いものではないのかもしれません。

 
 

最後に、気になっていたお店のことについても聞いてみました。
 
田中金文堂は明治37年創業。
金文堂の田中家は元を辿れば加賀藩の藩士であり、明治維新後氷見へと移ってきたのだそう。金文堂の初代は輪島での修行を経て印鑑彫師としての技術を習得。氷見に戻って田中金文堂を開業しました。当時の氷見の町は本川のあたりが一番の商業集積地で、多数の店で賑わったそうです。ところが1938年に昭和大火が起こり、あたりは消失。商いを行っていた人々はバラックを建てて生活を続けていましたが、復興とともに行政による再開発が進みます。当時本川で商いを営んでいた人の多くは現在の商店街通りに土地を与えられ、今もある商店街通りが誕生することになりました。職人気質で頑固者だった金文堂初代はそうした流れに抗って1年ほどバラックに居残り続けたのだそうですが、火災の翌年ついには移転。現在の店舗で印鑑屋を再開しました。
現店主・悦子さんは氷見の鞍川に生まれ、金文堂の二代目に嫁いできました。ご主人とは三十一も年が離れていた年の差婚だったそうです。ご主人は実用印鑑の他に、芸術としての篆刻にも長けていたとのことで、店内にはその作品が飾られているのをみることができます。
 
悦子さんは、子育てが一段落した二十代でご主人から彫刻の技を学んだそうです。そして二代目の旦那さんが亡くなってから、今日も大切に店を守っています。

 
 

さて、注文から二日後。店に伺うと印鑑が用意されていました。
何度か試しに押してみて出来栄えを確認。繊細な仕事に満足です。
お礼をいって持ち帰ってからも楽しくなって何度も試し押しをしてみたのはここだけの話。
 
まちなかの印鑑屋さんで実印を作ったら氷見の歴史の一面が見え、心あたたまる買い物になりました、というお話でした。
一生に一度の買い物だからこそ、こういうご縁を大切にした選び方もいいものだと思います。
田中金文堂さんでは、もちろん実印以外の取り扱いもあります。元気で話好きの悦子さんに会いにふらりと立ち寄ってみてはいかがでしょうか?

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